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東京高等裁判所 平成10年(う)1317号 判決 1999年3月12日

主文

原判決を破棄する。

被告人Aを罰金五万円に、被告人B、被告人C、被告人D及び被告人Eを罰金一万円にそれぞれ処する。

被告人らに対し、原審における未決勾留日数のうち、その一日を金五〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞれの刑に算入する。

理由

本体各控訴の趣意は、いずれも弁護人一瀬敬一郎、同川村理共同作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官仲田章作成の答弁書(補充)にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  職権判断

論旨に対する判断に先立ち職権をもって調査する。

1  本件は、貨物軽自動車運送事業を営む被告人Aとその配達員である他の被告人らが共謀して、自家用軽自動車を貨物の有償運送の用に供したという事案である。

自動車運送事業は、道路運送法と貨物自動車運送事業法により、旅客運送事業、一般の貨物自動車運送事業及び貨物軽自動車運送事業の三種類に大別して規制されており、それらの事業に用いる事業用自動車についても規制が及んでいる。また、道路運送法により、運送事業の種類を問わず、自家用自動車を有償で運送の用に供することが禁止され(同法八〇条一項本文)、その違反に対しては三月以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金又はその併科刑が科せられるものとされている(同法九八条二号)。

原判決は、この罰則が本件行為に文言のまま適用されるものと解釈し、被告人らに対し懲役二月若しくは一月(各執行猶予付き)又は罰金二〇万円の刑を科した。

しかしながら、このような解釈適用は、以下の理由により誤っているというべきである。

2  自動車運送事業の規制には推移があり、特に本件で問題となる軽自動車を用いる貨物軽自動車運送事業の規制には大きな変遷があった。

すなわち、昭和四六年法律九六号による改正前の道路運送法では、軽自動車を用いる貨物自動車運送事業も、その他の自動車を用いる貨物自動車運送事業も、共に貨物自動車運送事業として同一に取り扱われており、これを経営するには運輸大臣の免許を受ける必要があり(右改正前の同法二条ないし四条)、無免許経営に対しては一年以下の懲役若しくは罰金又はその併科刑が科せられるものとされていた(同法一二八条一号)。旅客自動車運送事業も、右の規制に関しては同様に取り扱われていた。また、軽自動車を含む自家用自動車を旅客又は貨物の有償運送の用に供する行為は、無免許で事業を経営したとはいえない場合であっても、これを放置すれば無免許経営に発展する危険性があるところから、無免許経営禁止の規定を補充する趣旨で併せて禁止され、その違反に対しては三月以下の懲役若しくは罰金又はその併科刑の罰則が定められていた(同法一〇一条一項、一二八条の三第二号)。

次いで、右改正により軽自動車を用いる貨物運送事業についての規制が緩和され、貨物軽自動車運送事業に限っては免許を要しないこととなり(右改正後の同法二条二項、五項、六章)、事業の開始に当たって一定の事項を都道府県知事に提出することが求められたものの(当時の同法施行規則五七条)、これに違反して経営したことに対する罰則は定められなかった。ところが、自家用自動車の有償運送の禁止規定と罰則は改正されず、条文上は従前の体裁のままであった。

さらに、平成元年に貨物自動車運送事業を巡る社会情勢等の変化を踏まえた抜本的な規制の見直しが図られ、同年法律八二号、八三号による一連の改正で貨物自動車運送事業の経営規制の部分が新設の貨物自動車運送事業法に移され、一般貨物自動車運送事業も貨物軽自動車運送事業も同法で規制されることとなった。そして、一般貨物自動車運送事業については、従前の免許制から許可制に規制が緩和されたが(同法三条)、その無許可経営に対しては一年以下の懲役若しくは罰金(現在の多額は一〇〇万円)又はその併科刑が科せられることとされ、他方、貨物軽自動車運送事業については、軽自動車による貨物運送が増加したことを考慮し、一定の事項を運輸大臣に届け出ることが求められ(同法三六条)、無届経営に対しては罰金刑が科せされることになった(同法七六条七号。現在の多額は二〇万円)。旅客自動車運送事業については、従前どおり道路運送法で規制されていた。他方、自家用自動車の有償運送行為の規制は、右改正の前後を通じて道路運送法に存続し、旅客の運送をした場合、一般の自動車による貨物運送をした場合のいずれであるかを問わず、その違反に対する法定刑は、三月以下の懲役若しくは罰金(現在の多額は五〇万円)又はその併科刑のままとされた(現在の条文は道路運送法八〇条一項、九八条二号)。

3  以上によれば、自家用自動車の有償運送行為に対する罰条の定めは、無免許経営に対して一年以下の懲役若しくは罰金(現在の多額は二〇〇万円)又はその併科刑を科することとされている一般旅客自動車運送(同法九六条一号)、無許可経営に対して懲役六月若しくは罰金(現在の多額は一〇〇万円)又はその併科刑を科することとされている特定旅客自動車運送及び無許可経営に対して懲役一年若しくは罰金(現在の多額は一〇〇万円)又はその併科刑を科することとされている一般貨物自動車運送(貨物自動車運送事業法七〇条一号)については、それらの補充規定の刑として均衡を失しておらず、不合理とはいえないが、軽自動車を貨物軽自動車運送の用に供した場合については、これをそのまま適用して懲役刑あるいは二〇万円を超える罰金刑を科することを許容している限度では、罪刑の均衡を失するものといわざるを得ない。すなわち、自家用自動車による有償運送の規制は、先に判示したとおり、無免許、無許可又は無届による自動車運送事業の経営の規制を補充する趣旨で設けられたものであるのに、自家用軽自動車を用いて有償の貨物運送を行う行為が、これを反復継続して貨物軽自動車運送事業の経営に至った場合よりはるかに重く処罰されることになり、明らかに罪刑の均衡を失する結果となるからである。

もともと、道路運送法の自家用自動車による有償運送禁止規定は、その補充規定の趣旨に鑑み、昭和四六年法律九六号の改正により貨物軽自動車運送事業に関する規制が緩和された時点で、貨物軽自動車運送に関する部分について適宜の改正を行う必要があったと考えられるのに、現在に至るまで改正が行われなかったため、その無免許経営に対して一年以下の懲役刑まで科せられる一般旅客自動車運送等と無届経営に対して二〇万円以下の罰金のみを科せられる貨物軽自動車運送とが同一の罰則を適用されることとなり、右のような明らかな不均衡を生じることになったのである。

4  したがって、関係法条の整合性を保ち、罪刑の不均衡が生じないように合理的に解釈するときは、道路運送法九八条二号の罰則は、自家用軽自動車を有償で貨物運送の用に供した行為に対しては、軽自動車運送の無届経営に対する罰則を超えない限度でこれを適用する必要があるものというべきである。具体的には、同号の罰則の刑は、一個の無届経営に達しない限度内の行為に対しては、一個又は数個の行為が犯された場合の併合罪加重を考慮してもなお貨物自動車運送事業法七六条七号が定める罰金二〇万円を上回らない限度にとどめるべきである。

5  しかるに、原判決は、このような限定解釈を行わずに道路運送法九八条二号の罰則を規定のままに解釈適用し、被告人らに対して懲役二月若しくは一月又は罰金二〇万円の刑を言い渡した点で、判決に影響を及ぼす法令の解釈適用の誤りを犯したものというべきであり、その余の点について検討するまでもなく破棄を免れない。

二  破棄自判

そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して、当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実にその掲げる法令、罰条を適用し(ただし、道路運送法九八条二号については、本件行為が一連のものであって、一個の無届経営に至らない場合であるから、併合罪加重をした上でも罰金二〇万円を上回らない限度でこれを適用する。以下同じ。)、被告人Aの判示各罪、被告人Bの判示第一の各罪及び被告人Dの判示第三の各罪はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、いずれも同法四八条二項により各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で、被告人C及び被告人Eについては各所定金額の範囲内で、被告人Aを罰金五万円に、被告人B、被告人C、被告人D及び被告人Eをいずれも罰金一万円にそれぞれ処し、同法二一条を適用して被告人らに対し、原審における未決勾留日数のうち、その一日を金五〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞれの刑に算入する。

三  所論に対する判断

前示のとおり破棄自判したことに伴い、その前提を欠くこととなる論旨に対する判断は省略し、以下に必要な範囲でその所論に対して判断を示しておく。

1  所論は、本件には可罰的違法性がないというのである。

検討するに、被告人Aは、平成九年九月に赤帽首都圏軽自動車運送協同組合へ加入し、届出を経て一〇月から千葉県香取郡栗源町沢<番地略>において○○運送の名称で貨物軽自動車運送事業を開始し、当初は軽自動車一台のみを、平成一〇年一月から更にもう一台を事業用軽貨物自動車として登録していた。しかし、実際には被告人らがそのほかに三台の自家用自動車を宅配物等の運送に使用していたところを合計四三回現認されており、本件犯行は、そのうち平成九年一二月一一日から平成一〇年四月一日までの延べ六回にわたって、自家用自動車二台を有償で貨物運送の用に供したことを内容とするものである。また、被告人Aは、届出等の経緯に徴して道路運送法や貨物自動車運送事業法による規制の存在を承知していたものと認められ、その余の被告人らも、右の外形的事情を承知しながら事業用自動車として登録されていないことが明らかな自家用自動車を使用して有償貨物運送を行っていた。このように自家用自動車による貨物運送が事業開始後かなり早い段階から繰り返されていたことに加え、○○運送の所在地、事業所内の状況、被告人らの居住関係、日常生活状況等を総合すると、本件行為は、○○運送関係者が組織的に行っていた違反行為の一環であるというほかはない。

もっとも、当審における事実調査の結果によれば、貨物運送分野における道路運送法違反に対する主管庁の取扱いは、違反状態の改善を主目的として注意、警告等の措置を採り、あるいは不利益行政処分を課すのが一般であり、直ちに刑事処分と結びつくような措置は採らないのがこれまでの実態であった。実際にも、刑事処分が科された事例は見受けられない。しかしながら、自動車貨物運送等の用に供される自動車については、公共性を有する運送業務に関わるものであるため、自家用自動車に比べて厳格な点検整備の実施等が求められていること(道路運送車両法四八条、六一条)からすると、貨物軽自動車運送の分野においても、同事業に供用しうる車両を事業用自動車に限定する規制には実質的な意義があると認められる。そして、本件行為は、右の趣旨に反する組織的な行為の一環であり、規制に従うことができない特段の緊急性、必要性があったわけではないから、違反の程度が可罰的違法性を欠くものということはできない。

2  所論は、本件における道路運送法の運用は憲法二二条、二五条、三一条及び一四条に違反しており、また、本件起訴は公訴権濫用に当たるというのである。

しかしながら、本件行為は、規制緩和その他の所論指摘の事情を踏まえてもなお社会的意義を有する道路運送法の規制に実質的に反する犯罪行為であって、その態様等も前示のとおり一過性で軽微なものとはいえず、その運用を違憲と断ずべき特段の事情も窺われないから、憲法違反及び公訴権濫用の所論はその基礎を欠くものというべきである。

四  量刑事情

前示のとおり、被告人らの本件行為に対しては、併合罪加重をした場合でもなお罰金二〇万円を上回らない限度で道路運送法九八条二号の適用を行うべきである。

また、本件においては、主管庁において通常行う注意、警告その他の事実上の措置あるいは行政処分を経由することなく、捜査当局において早期の段階で違反行為を把握しながら数か月にわたって適宜の指導改善措置を取ることなく監視に終始し、突如刑事処分に及んだ経緯が認められる。これらの事情は、犯罪の成否等には直接影響を及ぼさないものの、本件の量刑を考慮する際には斟酌するのが相当である。過去五年間(平成四年度から八年度まで)に貨物自動車運送分野における道路運送法違反に対し警告、行政処分が行われた事例が三〇〇〇件近くあるのに、刑事処分に至ったものが見受けられないことも、この種犯行に対する社会的非難の程度を考慮するに当たって勘案すべきである。

さらに、被告人らが得た運送料も合計で二一一〇円にとどまること、被告人らにおいて同種の違法行為を繰返さないための是正措置を採っていること、被告人らがいずれも原判決まで一か月以上にわたって勾留されていたことなどの諸事情を総合すると、被告人らに対する刑は法違反の趣旨を明らかにする程度にとどめるのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 井上弘通 裁判官 杉山愼治)

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